B5 P12 無料配布 20090814発行
会長×部長 全年齢
表紙:
水戸幸村さん Co-dependenceの続きというかおまけですが
単体でも特に問題なく読めるかと思います
追記に全文掲載
夢でいい、と思ったのに。
目が覚めたら、僕の隣には彼がいた。触れる体温が暖かくて気持ちよくて、また眠りに引き込まれそうになったけれどなんとか踏み止まる。身体は鉛のように重く、ほんの少し動いただけでぎしぎしと体が軋んだ。身体を起こせば、鋭い痛みが腰から下に電流のように走る。
「……っ、」
抱かれたのは、夢じゃなかったんだなあ。
そんな風にちらっと頭を掠めて、すごく嬉しく感じる自分に呆れた。
騙し討ちみたいにして、僕は彼に抱いてもらった。みたいというか、そのものだったと思う。
一度だけでいいからと、はじめてではないからと、嘘ばかり並べ立てて抱いてもらった。
彼が僕に感じていてくれた友情や好意はもうどこにもないのかもしれない。抱かれている最中、自業自得でしかないというのにそれが辛くて悲しくて、……その気持ちは寝起きのぼんやりした頭でも鮮明に思い出せる。
『好きだ』
耳に残る低い声に、じわりと胸の奥が熱くなる。優しく触れる指先が、宥めるような口付けが、本当にそうあったはずのことなのに実感が湧かない。でも、ここに彼がいるということは、あれは全て現実だったのだ。
「はあ……」
溜息をつけば、思いのほか大きく室内に響いた、その時。
「ん……」
彼が身じろぎして寝返りを打った。薄目を開けて、ぼんやりとこちらを見る。視線がぶつかれば、彼は口元の片端を上げ、どこか皮肉げに見える笑みを浮かべた。
「起きてたのか」
「あ、うん」
どこか間の抜けたやりとりに、彼は嬉しそうに破顔して身体を起こすと、僕の腕をぐいっと引き寄せた。
「え、あ、うわあっ」
「色気ねーな」
引き寄せられるがまま彼の上に倒れこめば、耳元で彼がくすくす笑いさざめく。鼓膜を震わせる微かな笑みに、知らず知らずのうちに身体が震えた。
抱き寄せられて抵抗する間もなく口付けられる。僕は彼の上に乗り上げていたから、傍から見たら僕のほうが彼にキスをねだっているように見えるかもしれない。そう考えたら恥ずかしくてすぐにでも離れたかったけど、彼に体重をかけすぎないよう身体を支えるので精一杯だった。ともすれば崩れそうになる不安定な体勢を助長するかのように、彼が僕を抱き締める手に力がこもる。
「……ん、」
緩やかなキスをしている僕らの、漏れ出た吐息がやけに甘くて気恥ずかしい。いや、もう今更なんだけど。
「……そろそろ腕が限界なんだけどな」
浅いキスの合間にぽつりと呟けば、一瞬彼が訝しんで、すぐに得心がいったような表情を作った。
「いいから乗っかれよ」
「いや、ええと、重いから」
僕はキミが今までに触れてきた女の子とは違うってわかってるんだろうか。柔らかくてふわふわして軽い女性の身体とはわけが違うんだぞ。硬くてごつごつして重い男の身体だと、知られてしまうのが怖かった。そしたら、彼が勘違いに気付いてしまいそうだ。
こんなはずじゃない、と……。
「バカだな、お前」
抱きすくめられたまま、ぐるっとひっくり返される。
目の前には彼の端整な顔、肩越しには天井、そのままぎゅうっときつく抱き締められた。彼の重みと体温を直に感じることにひどく怯える。びくっと揺れた肩にそっと口付けられれば、自然と身体から力が抜けていってしまいそうで怖くなった。
なんでこんなに恐ろしいんだろう?
……答えはすぐに見つかる。僕は、彼を失うことが怖くて仕方ないんだ。
彼の言葉を借りるわけじゃないけど、自分のことをバカだなあと思う。
どうせ今だけなんだから、楽しんだって罰は当たらないのに。
そんな風に考えてみても、自分の手を彼の背中に回して抱き締め返すことはできなかった。僕はとても臆病すぎて、この恋を信じられない。その上僕は欲張りだから、ここから逃げることもできないでいる。
「……ん、ぅ……」
愛撫と呼ぶには刺激の足りない微かな快楽を、彼が送り込んでくる。僅かなそれらを身体が勝手に拾い集めて、ともすれば身体が跳ねそうになって困った。なんとか細く呼吸することでどうにか快感をやり過ごせば、彼がなんとなく憮然とした表情を作る。
「ん、どうかしたのかい?」
「……いや、何でもない」
「なんでもないって顔じゃないよ」
そうツッコミをいれると、更に眉間の皺が増えてしまった。どうやら図星を突いたようだ。
「本当に大したことじゃないから、気にするな」
何か気に障ったのなら謝りたいし、そうでなくてもキミのことならちゃんと知っておきたい。
すごく厚かましいのはわかってるけど、もう彼に嘘をつきたくなかったから僕は言葉を続けた。
「そんな風に言われたら余計気になるよ」
「まあ、それもそうか……本当にくだらねーから、笑うなよ?」
苦笑まじりの、どこか拗ねたような響きが含まれている言葉を不思議に思いながらも頷いた。耳元に口が寄せられて、しっかり頭を抱え込まれる。彼の表情が見えなくなったことに少しだけ不安を覚えたけれど、拒んだりできなかった。
何を言われるんだろう……なんか、どきどきする。
「……久しぶりって言ったよな。お前の相手って、俺の知ってる奴なのか?」
「へ?」
「だから、……あー、やっぱりいい。忘れろ」
ちくしょう、と吐き捨てるように呟いて、彼は僕を抱き締める腕に力を込めた。
「ええと、」
ちょっと待ってくれ。僕の相手って、……それはつまり。
「ああいうこと、した相手っていう意味でいいのかな?」
「忘れろって言ってるだろ」
まるで威嚇するかのように不機嫌な彼に少し怯んだ。そのとき、僕の身体が震えたことに気付いたのか、小さな溜息が聞こえてどきりとする。
「キミも知ってる人だよ」
と、いうか。
「紹介したじゃないか」
そう告げると、彼は突然顔を起こした。虚を衝かれたような表情にこちらまで驚いてしまう。
「紹介……?」
「え、あ、うん。一年のときに付き合ってた子……キミにも会わせたよね?」
結局三ヶ月もしないうちに「思ってたのと違う」と振られてしまったけど。いや、むしろ向こうからしてみたら振られたのは自分のほうなのかもしれない。そんなようなことを、別れ際に言われたとふっと思い出した。
僕は、彼女に恋してなかった。
「ああ、あれか」
興味なさそうに彼が呟く。
「あの女の話じゃなくて……」
どうも歯切れの悪い彼を見ていたら、なんだかいたたまれなくなって俯いた。彼を騙してしまったことを思い知らされて、良心の呵責に苛まされる。随分悩んだけれど、結局僕は本当のことを口にした。
「あとは、キミだけだ」
時間に空白が生じたかと思うほどの沈黙が流れる。じっと見つめられたまま、視線をそらすことも出来ない。呼吸するのも憚られるような空気が、部屋の中を支配していた。その空気に耐え切れず、僕は逃げの一手を打った。
「え、ええと、お腹空いたからコンビニ行ってくる」
そう言ってさりげなく彼の腕から抜け出そうとしたけれど、離してもらえない。暴れるほどの気力も体力もない僕は、彼に囚われたまま動けずにいた。
「はじめて、だったのか……?」
彼の言葉に、かあっと顔が熱くなる。改めて言われるとすごくなんていうか……本気でいたたまれない。だけど嘘はつかないと決めたから、ぽそっと呟いた。
「それが、男とって意味なら、そうだよ」
半ば無理矢理答えさせたくせに、そしてきっと答えはわかっていただろうに、彼は一瞬狼狽したような表情を作った。それはすぐに掻き消えたけれど、僕の中に鮮烈な印象を残す。迷いに似た愁いを帯びた瞳が、まっすぐ僕を見据えて、喉が、こくりと我知らず鳴った。
「……くそっ」
そう吐き捨てた声は苦渋に満ちていたけれど、それから交わした口付けはひたすら甘く優しい。切羽詰った表情で幾度も落とされるキスがくすぐったくて、僕の鼓動をどんどん早めていく。このままじゃ心臓が止まるんじゃないかと心配になるくらいだ。
ぎゅうぎゅうと抱き竦める力は骨が軋んで痛いほど強いけれど、それが嫌だとは全然思わなかった。このままぐずぐずに溶け崩れてしまいそうな酩酊感に包まれて目を閉じると、密やかな囁きが耳朶を打つ。
「悪い」
苦虫を噛み潰したような不機嫌さを残した声に、くすりと笑みが零れた。
彼が謝る必要なんかどこにもないからだ。
「どうして謝るんだい?」
尋ねたけれど、その問いに対しての答えは返ってこなかった。柔らかく首筋に歯を立てられて、ぞくりと背筋に何かが這い登る。すぐに離れるかと思ったのに、微かに力が加えられてちくりとした痛みを残した。
じんじんと疼く熱に、頭がくらりとする。
「何してんだろうな、俺」
「まあそれはお互い様だけどさ」
「違いない」
とろとろとまどろむようなやりとりの合間に繰り返される慰撫みたいなキスが、どこかくすぐったい。数瞬の躊躇いの後に手を伸ばした。
首の後ろに手を回し、縋るように抱きつけば、緩く抱き締め返される。
たったそれだけのことが、嬉しくて困った。
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