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disappear 3

会部 パラレル 「──っ」
 ドスンと音を立てて、スプリングのきいていない硬いベッドに背中から倒れ込む。そんなに力を入れているわけではなさそうなのに、彼の腕はがっちり僕を抑え付けて離さない。
「ん、う……」
 思いのほか柔らかい唇が、僕のそれを塞いでいた。覆いかぶさる身体を両手を使って押し退けようとしたけれど、体格に差がありすぎて払いのけられない。角度を変えて繰り返される口付けに、呼吸ごと絡め取られるような息苦しさで喘ぐ。
「ふ……はっ……」
 酸素を求めて開いた口に割り込んできた舌先が、縦横無尽に僕の口の中を荒らした。
「んっ……く、ぅ、」
 わけがわからない。なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ。最悪だ。
 じわりと視界が歪む。息苦しくて涙が出そうになった、その時──。

 知っている。

 触れ合った舌先から微かに感じる苦みを、ふわりと彼から香る匂いを、知っている──そう、感じた。
 え……なんで、なんだ、これ?
 心臓がバクバクとうるさい。覚えがない、知り得るはずがないそれらを、僕の身体は知っている存在なのだと告げてくる。ぞくりと這い登るような感覚は、恐怖なのかそれとも別の何かなのか、僕には判別が付けられなかった。
 抵抗を奪い去った彼は唇を離すと、僕の口元をぺろりと舐め上げる。レンズに遮られた瞳が、獰猛な残酷さで僕を射抜いた。
「……は、なしてくれ……っ」
 息が上がって途切れ途切れの言葉を、それでもなんとか喉の奥から搾り出すと、彼は表情の見えない冷たさで応じた。
「では私の質問に答えたまえ」
「……っ」
 掴まれた手首をギリッと締め上げられて、声にならない悲鳴が上がりかける。
「初対面とはどういう意味だ」
「どういう意味って……そのまま言葉の通りだ! 僕は、キミなんか知らない!!」
 叩きつけるように叫べば、彼の冷静さが剥ぎ取られたかのように表情が変わった。胡乱そうに僕をみやって、思案げな表情を浮かべる。その表情の意味はわからなかったし、知るつもりもなかった。
「とにかく離せよ、痛いんだ」
「……まあいいだろう」
 思ったよりあっさりと彼は僕の手を離した。鬱血していた手首から先がピリピリと痺れている。彼はゆっくり起き上がる僕を、実験動物を見る科学者のような目で見ていた。
「ふむ……」
彼がいきなり僕のズボンのポケットに手を突っ込んできて、目を剥いた。
「なっ」
 ちゃり、と金属の擦れ合う音を立てて、キーチェーンが引き出される。それがあることをあらかじめ知っていたような淀みない動きに驚いて虚をつかれた。
 そして奴は、その中から鍵をひとつ選び出すと僕に指し示した。
「……これに、見覚えは?」
 それは何の変哲もない家の鍵だった。ただし僕のマンションの鍵とは形状が全く違う。部室の鍵とも異なるし……。
「知らない、見たことない」
 でも、僕のキーチェーンに連なっているということは、僕のもののはずだ。一瞬彼がつけたのかと邪推したけれど、どんなに彼が器用だったとしてもつける暇があったとは思えない。
「そうか」
 呆然と鍵を見つめていると、今度は彼が自分自身の内ポケットから革のキーケースを出した。そして、そこから出てきたものに今度こそ僕は驚愕する。
「では、これは?」
「……僕の家の鍵? え、でもなんで……」
 どうして、僕の目の前にいる知らない男は、そんなものを持っているのだろうか。
 途方に暮れていると、整った顔が近くに寄せられた。
「あ、」
 拒む間もなく抱き寄せられてキスされた。けれど今度のそれは、さきほどの全てを奪い去るような激しさはなく、宥めるように甘く優しい。触れるだけの口付けを受けながら、緊張をとくように背中をさすられて息をついた。
 ……ああ、やっぱり知っている。
 僕より常に高い体温に、確かな覚えがあった。それでも、彼が誰なのか、僕にとってどういう人物なのかを思い出すことは出来ない。
 登校してから今までのことを振り返ってみる。みんなの反応はどこもおかしくない。彼がいることだって、当たり前のことだったのだ。おかしいのは──。

 僕のほう、だ。

「そんな顔をするな」
 どうやら僕は相当情けない顔をしていたようで、彼は困ったように笑った。そうやって笑う彼は、あまり怖くも冷たくも見えなくて更に困惑する。
「キミが持っているのは、私の部屋の鍵だ」
 告げられた言葉に驚くよりも、ああやっぱり……と思うほうが強い。
「ごめん、わからない……」
 身体に残る記憶を辿ろうとしたら、頭が割れるように痛くなった。まるで、僕が思い出そうとするのを邪魔するみたいだ。
「い……た……」
「おい?」
 ぐらりと視界が揺れる。彼の声が遠い。
「大丈夫か」
 よろけたところを支えて、抱き締められる。
 その声にも、表情にも、触れる手にも、何一つ覚えはなかったというのに、何故か僕はその時、彼を知っていることを確信した。その声も、表情も、触れる手も、忘れようとしても忘れられない記憶として身体に刻み込まれているようだった。

 ──だけど、違う。

「ちがうんだ……キミじゃ、ない」
 僕を抱き締める存在に、しがみついた。
「キミを知ってる。だけど、キミじゃない。キミは……」
 自分でも何を言ってるかわからない。でも、きっとこれが正しい『答え』だ、という気がした。
「キミは、僕のキミじゃない」
 いつの間にか僕は泣いていて、それは頭が痛いせいなのかそれとも胸が押し潰されそうに痛いからか、自分でもよくわからなかった。彼は自分に縋りつきながらわけのわからないことを喚きたてて泣きじゃくる僕を邪険に扱おうとはせず、そのままゆっくりと背中を撫で下ろしている。
 低い声が、耳元で密やかに言葉を紡いだ。
「私にも事態は飲み込めていないが……キミがそういうならばそうなのだろう。私も今のキミには違和感を覚える。私を担いでいるわけではなさそうだし、記憶喪失とかそういう類のものともどこか異なりそうだ。キミの言葉を借りるが、キミもまた、私のキミではないのかもしれない」
 その言葉に顔を上げると、苦笑めいた微笑を浮かべている彼と視線が合った。
「……顔は同じなんだが、どうも雰囲気が違うな」
 そう言って何かを確かめるように、僕の顔に触れた。長い指先が目元を拭い、頬をなぞる。
「戻ってきたら、浮気をしたと謗られそうだ」
 くすりと楽しそうに微笑んで、つい先ほどまで指で触れていた僕の頬に軽く口付けると彼はベッドから降りた。
「私はそろそろ戻る。寝ておけ」
「……あ、ああ」
「寝るまでついていてやろうか?」
「い、いい、いらないっ」
 上履きを脱ぎ散らかして、慌てて布団を引っかぶると、彼がくすくす笑いながら保健室から出て行く足音が聞こえる。ちらりと視線を向ければ、彼の背中が垣間見えて、すぐに消えた。
 何故か急速に訪れた眠気に誘われるようにして目を閉じ、眠りに落ちる数瞬の間に、なんとなく……さっきまで僕を抱きしめていた彼には、もう会えない気が、した。

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