A5 P36 400円 20080713発行
長門有希×コンピ研部長 18禁
表紙:ちはやさん
普通の女の子としての長門有希の可愛さや危うさに振り回される部長氏のおはなし
書店委託:KAC リブレット ガタケットSHOP まんだらけ K-BOOKS
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「付き合ってほしい」
唐突に告げられた言葉に、僕は即座に反応ができず思い切り混乱した。
室内にはそう告げた人物と僕しか見当たらない。部員はみんな先に帰ってしまったからだ。僕自身も帰り支度を済ませ、彼女を促そうとしたところである。
つまり状況的に考えると、その言葉は僕に向けられたものだということをあらわしているはずだ。そしてその内容を考えると……あまりにも思いがけない出来事に、背中をつぅっと冷や汗が伝った。
何故かって、それを発したのが僕が色んな意味で気になっている女の子で、今までそんなそぶりを見せた試しがなかったからだ。だからといって人をからかうためだけにそんなことを口にするタイプとも思えない。
「な、長門さん?」
「だめ?」
微かに首が傾げられる。注視していないとわからないくらいの本当に微かな動きに、媚びるようなわざとらしさはない。美少女といっていい繊細な面立ちには表情らしい表情は見えず、若干冷たそうに見えるのはいつものことだ。彼女にはどこか近寄りがたい雰囲気が漂っている。顔立ちが整っているのと相俟って、人形めいた無機質な空気を纏っていると言えばわかりやすいだろうか。
透明感を称えた静かな視線に射竦められて、僕は思わず息を飲んだ。
「ええと、付き合うって、つまり……」
いわゆる告白というものだと受け取っていいんだろうか。もちろんそれならば僕に否やはないけれど。
そう僕が口にするのを逡巡していると、ついっと視線がそらされて、彼女はとあるものをすっと指差した。
「あれと同じものが欲しい」
そう言った彼女の人差し指の先には、デスクトップのパソコンが鎮座ましましていた。
「あなたなら詳しいと判断した」
なんだ……。
彼女が示した「付き合ってほしい」の中身に、がっかりしつつもほっとした。もし本当に告白だったとしたら、どんな風にこれから接すればいいのか見当もつかないからだ。情けないとは思うけど、今まで彼女なんていた試しがないんだから仕方ないだろ。
「ええと、パソコンが欲しいんだね? デスクトップでいいのかな」
「それでいい」
「スペックはどれくらいで考えてる? 予算があるなら、先に教えておいてもらえれば僕が適当に見繕うよ」
「予算……」
ぽつりと呟いて彼女は俯き押し黙ってしまった。もしかしたら金額的にそんなには出せないのかもしれない。まだ学生だしアルバイトをしている様子もない彼女が、困窮とまではいかないにせよある程度の節約を心がけているとしても何もおかしくはない。ふと思い立ったことを、そのまま口に出してみた。
「なんだったら組もうか?」
「組む?」
「ここにあるのは違うけど、家にあるパソコンは僕が組んだ自作なんだ。余っているパーツもいくつかあったはずだし、少なくともメーカー製よりは随分安く上がると思うよ。保障とかはないけど、簡単なことだったらキミなら充分対処できるし、何かあったとしても僕が対応してあげられると思う」
提案内容の説明している最中ずっと彼女は僕を凝視していた。
なんとなくむずがゆい気分になりながらも、彼女の視線に対して気分を害すようなことはない。それはいつだってまっすぐで綺麗だ。
「さしあたって必要なのは、マザーボードとCPUくらいかな。それからモニター」
「……いいの?」
硬く無機質に聞こえる声は、別に怒っているわけでも気分を悪くしているわけでもなく、彼女の特性のひとつだ。普段より少しだけ小さいように思える声音は、彼女なりの遠慮をあらわしているのかもしれない。そう思ったらなんだか可愛くて、くすりと笑いが漏れた。
「いいよ。どうせ余っているパーツを使うことなんて滅多にないからね。まあ、買うにしろ組むにしろ、買い物はいかなきゃいけないけど。いいのがあればそれ買っちゃってもいいし……別に中古でも構わないんだよね?」
彼女がこくりと頷いたのを確認して、頭の中で算段を立てた。モニターが難物だけど、液晶なら持ち帰れなくもない。
「いつがいいんだい? 僕はいつでも平気だけど」
「これから」
短い返事は、なんとなく予想していた通りだった。彼女はいつもその唐突さで僕を驚かせる。おとなしやかな外見とは裏腹に、妙に能動的なところがある子だ。涼宮ハルヒといつも一緒にいるせいで、あの子に変な影響されているんじゃないだろうか。少し心配だ。
「わかったよ。組むとしたらうちにも寄るんだけど、大丈夫かな」
「了解した」
「じゃあ、行こうか」
部室を出ると、彼女は優美な猫のように足音も立てず後をついてくる。
涼宮ハルヒを動とするなら、彼女は間違いなく静だ。所作も見た目も、四角辺の対角線に位置するように百八十度違っている。こんなに色々違うのに、あんなに仲がいい。女の子って、不思議だ。
「それにしても、キミがパソコンを欲しがるなんて意外だ。持ってなかったのかい?」
「そう」
彼女は非常にコンピュータと相性がいい。どんなプログラムもアプリケーションも、彼女の手にかかると易々とその機能を最大限に引き出されてしまう。まるで魔法にかけられたかのように、使いやすくわかりやすくカスタマイズされていく部室のパソコンは、彼女のおかげで飛躍的に動作が快適になっている。
天賦の才能があるのは間違いないと思っていたけれど、常日頃から慣れ親しんでいるに違いないと踏んでいたのでパソコンが欲しいと言われたことに僕はかなり驚いていた。
「今までは必要ではなかった。けれど、今後必要になると判断した。作業をするにあたってわたしが使える時間は学内だと限られてしまう。コンピュータ研究部を手伝うのであれば、家で作業できる環境を整えるべき」
「え、じゃあウチのために?」
「そう」
何のてらいもなくあっさりそう言ってのけた彼女を、横目でちらりと見やる。平然としる彼女を見たら、なんだかこちらのほうが恥ずかしくなって少し顔を赤くした。
どれだけ美辞麗句を並べ立てても、天才という言葉を冠してみても、彼女に対しては過剰な褒め言葉になりようがない。
だけどそうやって完璧なようでいて、どこか彼女は不安定な様相を見せることがある。オブラートに包むことのない物言いは、まるで幼い子供みたいだ。
「そうなんだ……ありがとう、長門さん」
「……」
無理に頼み込んだ形の手伝いだけど、彼女がこんなにもウチの活動に対して真剣に考えてくれていることを知って、とても嬉しいと感じた。だから自然とお礼の言葉が口から出た。それに対しての彼女の返事はなかったけれど、聞こえてはいただろうから別にいい。彼女が無口なのはいつものことだ。伝わったならそれでいいんだ。
意図して無視しているというよりは、しゃべることを苦手にしているんだと思う。そう思えるようになったのはつい最近のことで、それまでは押し黙られるたびに気を悪くさせてしまったかとひやひやしていたけれど、怒っているわけではないとわかってからはなるべく気にしないようにしている。
それでも沈黙にあまり慣れていない僕は、ついつい話しかけてしまうんだけれど。
「長門さん、今いくら持ってるの?」
一応これは聞いておかないと。
「……」
歩く速度は保ちつつ、彼女がごそごそと鞄を漁りはじめた。カード類でも入っているのか、やたらと分厚い水色の財布を取り出して、僕に差し出す。
「はい」
「いや、はいって言われても」
僕は財布の中身を聞いたのであって、財布を渡せとは誰も言ってない。なんて危なっかしい子なんだ。涼宮ハルヒにいいように利用されてるんじゃないだろうな……まあ、さすがにそれはないか。涼宮ハルヒは涼宮ハルヒで、この少女にめいっぱいの好意を持っているように見える。
「この中にある分は全て購入予算。確認を」
手の中にぐいぐいと財布を押し付けられて思わず受け取ってしまった。たとえ相手の許可があろうと他人様の財布の中身を見ることを、ためらってしまうのはきっと僕だけじゃないはずだ。
だけど彼女はちっとも気にした様子がなく、用件はそれで終わったとばかりにさっさと駅に向かって歩いていく。
しょうがない子だなあ。
とりあえず中身を改めようとして、僕はその場に凍りついた。
「な、な、な、な、ながとさん」
「どうかした?」
動かなくなった僕へ、無表情の中にほんの少しだけ訝しげな様子を滲ませた彼女が振り返った。僕の手元にある自分の財布と僕の顔を見比べてから、口を開く。
「足りない?」
「違う、逆! こんなの持ち歩いちゃダメだろう!!」
北高はどちらかといえば進学校だから、バカをやる奴は少ないけれど、それでもまったく問題が起きないってわけじゃない。体育の間にものがなくなった、なんていう話を年に何度か聞くことだってある。
財布の中には、一万円札がぎっしりと詰まっていた。全てピン札で、数えなくてもゆうに三十枚以上は入っているのが見てとれた。もしかしたら五十枚を超えているかもしれない。どちらにしろ学生が気軽に持ち歩くような金額ではないのは確かだ。
落ち着いた雰囲気や冷静そうな見た目に反して、彼女にはこういった危機管理の薄い部分がある。常識を知らないといえばわかりやすいだろうか。
この世の全てを知っていそうな博識ぶりだというのに、すっぽりと常識が欠け落ちていることもあるというのが、アンバランスこの上ない。
涼宮ハルヒも手がかかりそうなタイプではあるけど、長門さんも大概だ。朝比奈さんもああいう人だしなあ……見るたび溜息ばかりついている後輩の気苦労を思うと、僕まで溜息をついてしまいそうだ。
「だめだった?」
「う……」
じっと僕を見上げてくる表情が、どことなくいつもよりしょんぼりと落ち込んでいるように見えて、僕はぐっと詰まった。慌ててフォローに回る。
「──だめっていうかね。このご時勢、何があるかわからないから、できれば現金は必要な分だけ持ち歩くほうがいいと思うんだ。僕の言っている意味、わかってくれるだろ?」
僕の言葉に彼女は特に不満げな様子を見せるでもなく、素直にこくりと頷いた。
まるで幼い子供を諭しているような気分になりながらも、その素直さに心が和んだ。常識がないところがあるとはいえ、彼女は説明さえすればわかってくれるし、ちゃんと納得すれば次からはきちんと直そうとする。涼宮さんのセリフじゃないけど、長門さんはとても素直でいい子だ。僕は彼女のそういうところを……まあ、好ましく思っていると言って間違いはないだろう。
財布を返して、鞄の中にしまわれたことを確認してほっと一息つく。彼女はといえば、これで話は終わったと言いたげにすたすたと歩みを速めた。
……本当に世話の焼ける子だなあ。
彼女の少し後をついて歩きながら、行き先について提案してみた。
「梅田はどうかな? ビッグカメラがあるからだいたい何でもそろうよ。安く上げるなら日本橋まで足をのばしたほうがいいと思うけど」
「どこでもいい」
半ば予想していた返事に、さてどうしたものかと考える。
示された予算を考えれば別に中古の必要も、僕が組み立てる必要もまったくない。最近出たばかりの機種でも問題なく即金で買えてしまうだろう。
「じゃあ、どういう感じのがほしい? スペックとかさ」
「なんでもいい」
このなんでもいいは、本当に何でもいいのだろう。多少難があっても、彼女はそれを自在にカスタマイズして使いこなせるのだ。
時間帯を考えると、とりあえず梅田まで出て無難にまとめたほうがいいかな。梅田だったらせいぜい三十分ってところだけど、日本橋だとなんだかんだで一時間見たほうがいい。往復二時間かかるのはこの時間からじゃ少しきついよな。女の子を連れて行くならあまり遅くならないようにしないと。
予算は思ったよりずっと潤沢だったし……よし、方向性は決まった。
「梅田にいこうか」
「了解した」
独特の物言いにもいつの間にかすっかり慣れてしまった。僕はどうも女性と話すことが苦手なんだけど、彼女とはあまり構えずに話が出来る。沈黙もあまり苦にはならない。つくづく、不思議な女の子だ。
美人だと誉めそやされていたり可愛らしいタイプの女の子は、どちらかと言わなくても苦手な部類に入るはずなんだけどね。自分が可愛いことを知っている女の子って、大なり小なりそれを知って鼻にかけている子が多いような気がして、そこでどうしても一歩引いてしまうというか……いや、一概にそうとばかり言えないのはわかってるんだけどさ。たとえば涼宮ハルヒなんて、たとえ顔立ちやスタイルが整っていなかったとしても、きっと傍若無人で破天荒だろうと容易に想像できる。
僕たちは他愛ない会話を(主に僕が一方的に)続けながら、駅の改札をくぐりぬけた。僕の交通費を出すと長門さんが言いだして軽く一悶着あったけれど、僕も見たいものがあったから別にいいと断った。女の子に、しかも後輩にお金を出させるなんてとてもじゃないけどできないよ。しかもウチのためだって言われてるのに。
そんな律儀さが、彼女らしいと思いつつ、ほんの少し歯がゆく感じた。
もっと頼ってくれていいんだけど。
そう告げてしまおうかと一瞬だけ考えたけれど、なんだか気恥ずかしくてやめておいた。その選択は間違っていないと思う。
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