A5 P24 300円 20071230発行
ほんのりお付き合い前提、古泉が大好きな会長×会長にデレすぎの古泉
表紙・口絵:yumiさん
ものすごく甘いです。甘さ耐性のない人にはお勧めしません
書店:ガタケットSHOP
サンプル
一通りチェックを終えて、書類を机に投げる。すると細く長い指先が、やや乱雑に散った紙の束を丁寧に拾い集めていった。
それをぼんやりと目で追いながら、煙草を取り出して火をつける。深く煙を吸い込むと、なんとも言えない充足感で満たされた。
毎日適当に遊び回るなり、日々漫然とぼんやり過ごすほうが楽と言えば楽だが、こういう時間もそれなりに悪くないと思えるようになってきた。我ながら、よく続いてるもんだ、と褒めてやりたい気分だ。
揃えた書類の一枚一枚に目を走らせる横顔に、うっかり見惚れそうになる。でかい図体した男に使うような言葉じゃないのはわかっているが、いつもの通りえらく美人だ。俺が、わざわざ欲しがった挙句、それなりの労力と時間をかけて手に入れようとする程度には。
「お疲れ様でした」
ふわり、と擬音がしそうな、それはもうこの上ないほど綺麗な笑みを浮かべた美人の名前は、古泉一樹。機関とかいう謎めいた団体に所属する地域限定超能力者、だ。そんなふざけた話を信じているのかって? まあ、俺だってその話をはじめて聞かされた時は、そんなことありえるはずがないと鼻で嗤った。そうしてありえないと切って捨てた後、古泉におかしな場所に連れて行かれてありえないものを見せられた。あいにく俺は、催眠暗示にかかるような性分じゃない。とりあえず、信じるしか選択肢がなくなったわけだ。もしあれが何らかのトリックだったとしても、俺を騙したことによってあいつらにメリットが生じるとは考えにくい。信じておいたほうが無難だと俺は判断したわけだ。
「割と、早く終わったな」
「そうですね、驚きました。これもあなたが優秀だからでしょう。外見だけではなく能力までも期待以上とは思いませんでしたが、簡単に失脚などされては困るこちらとしては、非常にありがたいことです」
こいつの整った顔に綺麗な微笑みを浮かべながらさらりと持ち上げられて、悪い気のする人間なんてそうはいないだろう。心地よい達成感にほくそ笑むと、古泉の笑みの質が甘い優しさを感じさせるものから、からかうようなものへと変わった。そして楽しそうな声で、さきほどの言葉の続きを口にする。
「もしかしたら、それもひいては彼女の願望があるからこそ、なのかもしれませんけれどね」
柔和な笑顔で人を持ち上げておいて、あっさり落とす。どちらかと言えば優しい顔立ちに似合わず、割と毒を吐くところもそれなりに気に入っちゃいるが、俺を相手にそういう態度を取るのは正直気に食わない。意趣返しとばかりに、煙が古泉のほうへ渡るよう吐き出した。あからさまに顔を顰める姿を観賞して楽しむ。眉をひそめても秀麗さを損なわないように見えるというのは、よっぽど造作が整っているということなのだろう。
「俺が優秀だっていうんなら、お前もだろ。それもあのバカ女の影響だっていうのか?」
「僕が優秀、ですか? そんなこと考えたこともありませんでした。お褒めに預かり恐縮です」
理数クラスの秀才が、いったい何を言っているんだという感じだが、古泉は性質の悪いことに結構本気でこういう言葉を口にしている。自分をわかっていないというか……ある意味仕方ないのかも知れないが、もったいない話だ。
「僕のほうもこれで一段落しました」
古泉の性格を写し取るような几帳面さで、きっちり揃えられた文書を丁寧にファイリングして、すっと席を立った。ぴんと伸びた背筋も凛とした横顔も、俺と同じくらいの量の作業をこなしてるとは思えないくらい余裕を感じさせて、このままへたりこみたいくらい疲れている俺としては苦笑するしかない。
「では、帰りましょうか」
「ああ」
一服終えるのと同時に、古泉が携帯灰皿を出してくる。それに吸殻をねじ込んで、俺は席を立つ。ぱちん、と灰皿の蓋を閉めて、古泉が微笑んだ。いつものことだ。毎度、俺が吸い終わるのを計ったようなタイミングで繰り返されるやりとりは、なんでかわからないが心地いい。
古泉に視線を合わせて問い掛ける。
「今日は?」
「……いらしていただいて構いませんよ」
淡々とした返事に、俺はにやっと笑ってみせた。一人暮らしのこいつの部屋は、いろんな意味で便利だ。
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