AQUA

会部




　たまに彼は、僕にしたことを忘れてるんじゃないかと思う。いや、覚えてられても困るんだけどさ。
　あまりにも当たり前という顔をして、ただのクラスメイトとして接してくるものだから、段々普通の友達みたいな気がしてきそうなのが恐ろしい。どういう対応をしたらいいのか、よくわからない。
僕が自意識過剰なんだろうか。いやいや、そんなことはないはずだ。男に、キス、とかされて、気にしないほうが絶対おかしい。
そもそも男にキスしたくせに、なんでもない顔をしている彼が、一番おかしい。
「うう……」
　本当に、なんであんなことしたんだろう。
　あれから何回も考えたけれどさっぱり答えが得られない問いかけが、頭の中でぐるぐる渦巻いた。そもそも僕の中に答えなどあるわけがないのだから、当然なのだけれど。
　だからといって、彼に直接聞けるようなことでもない、と思う。お互いに、あの日のことには一切触れていない。
　こっちが脅すようなことを言わなかったら、ああはならなかったんだろうか。それともどんな道を選んでも、結果は同じなのかな。
　あんなの犬に噛まれたようなものだ。
やっとそう思えるようになって、忘れようと努めていたのに、なんでこんな風に関わってるんだろう。これじゃ……いつまで経っても、忘れられないじゃないか。
なんで僕が、あんな不良のせいでこんなに悩まなきゃいけないんだ。理不尽極まりないよ。
「カモフラージュ、かあ」
　それくらい他にいくらだってアテはあるだろうに、なんでわざわざ僕なんだろう。
　今度の問いには、答えがすぐに出てきた。
たぶん、僕が素のままの彼を知っているからだ。
『生徒会長』としてではなくいられる時間が欲しいんだろう。言葉の端々にそんな思いが読み取れる。
　そんなに長い時間を彼と過ごしているわけじゃないけど、言葉を交わせば交わした分、人と人は理解しあってしまうものだ。それを望もうと望むまいと。
　ただ解せないのは、彼がそんな無理をしてまで自分を作っていることだ。しかもどう考えても、本来の彼は『生徒会長』なんてものに興味を示すタイプとは思えない。
　不思議だな。
　その思いは、あっさりともっと彼を知りたいと思う欲求にすりかわりそうで、僕はあわてて頭の中からその考えを打ち消した。
　あんな奴のこと、考えてる暇なんか僕にはないはずだ。そうだろう？