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会部 成人式再会

リコさんとコマネキさんのために
ちゃんとしてないお付き合い前提会部 成人式再会ネタ




                  1
  

 成人式、かあ。なんか実感わかないよなあ。
 抜けるような青空の下、そんなことをぼんやり考えながら、僕は駅に降り立った。途端に冷たい空気にさらされて、体がぶるっと震える。
遠距離を移動することになるし、羽織袴もないだろうと思って(自分が童顔だってわかってるから、絶対ああいうのは似合わないと断言できるしね)スーツを一着仕立ててもらったんだけど(……これはこれで幼く見える気がする。きっと気のせいだ、ということにしておこうか、うん)コートが薄手すぎたのか存外寒い。
 このくらいの時期はもう少しあったかかった気がするんだけどな。
久しぶりに訪れた地元は、随分雰囲気が違うように見えた。
 それはどちらかといえば自分自身が変わったせいなのだとわかっていたけれど、僕はあえてその事実から目を背けていた。
 式典の催される会場へと足を向ける。同じ方向へと向かう人の中で一際華やかな振袖姿の群れをみかけて、少しずつ気分が高揚してくる。
 来るかどうかかなり迷ったけれど、まあ一応記念だし、と言い訳をしてここまで来てしまった。
 せっかくだから後悔はしないようにしよう。
 もし、彼に会えたら、今ならちゃんと向き合える。
 話をして、きちんと笑って、終わりにできる。
 きっと、それができるくらいには僕も大人になったはずだ。
 逃げ出すみたいに進路も何も告げずさよならも言わないまま引っ越したのは、卒業したら全部終わりだってわかってたのに、それをつきつけられるのが怖かったせい。
きっとそういう僕の行動は彼を嫌な気持ちにさせただろうっていうのもわかってるけど、もしあのまま付かず離れず過ごしていたら、僕はそのうち彼を束縛したくなったりすがってしまって、もっとずっと嫌な思いをさせてしまっただろうから。
 ベストな選択ではなかったけど、ベターな選択だった。振り返ってそう思えるんだから、これでよかったんだよね。

 会えるかな?
 
脳裏に彼を思い描くと、ちり、と胸の奥のほうがざわめいた。
会いたいのか、それとも会いたくないのか、それすらよくわかっていない自分に、ついつい苦笑いが浮かんだ。
 結局、あれから二年近くの時間が経っているのに、僕の中にはずっと彼が居座り続けている。
数合わせに誘われた合コンとかで、結構可愛い女の子とそれっぽい雰囲気になったりしたのに、どうしても気分が乗らなかったりして、その度に原因を突き詰めていくと彼の存在が浮かび上がってくるんだ。
それでも、もう思い出すたびに泣きたくなるような気分になることはない。少し胸が痛むことはあるけど、それだけだ。それは、きちんと思い出として、昇華できてるということなんだろう。
それを確認して吹っ切るために、ここまできたんだから会わないことには話にならないわけなんだけれど。

……会える、かな。

色々な気持ちが綯い交ぜになるのを打ち消すことができないまま、僕は深い溜息をついた。


                  2


 会場についた途端、久しぶりに会う友人たちに囲まれて「お前どうしてたんだよ」「いきなり消えやがって」と散々こづき回された。
そういえば彼だけじゃなくて、他の誰にも何も言ってなかったことを今更ながらに思い出した。僕は推薦通ったから、進路決まった頃ってみんながみんなぴりぴりしてて、そういうの話題にできるような空気じゃなかったせいなんだけど。そういえば、暑中見舞いとか年賀状とか来なかったよなあ。あんまりそういうのにマメなほうじゃないから、特に気にせずすっかり忘れてた。
引っ越した時は、不動産屋のミスでしばらくホテル暮らしでバタバタしてたしなあ。
 心配してたんだぞ、という言葉に対して、うんうんと頷く元クラスメート達を見ていたら、なんだか申し訳なくなってきた。
「ごめんよ」
「いや、別に責めてるわけじゃ……なあ?」
 てっきりお前は地元に残ると思ってたから、びっくりしたんだよ。その言葉に、思わず苦笑する。
 僕だって、ずっとそう思ってたよ。
「それより今どこにいるんだ、教えろよ」
「ああ、今はね……」
気の置ける仲間達と、2年ぶりとはとても思えないほどの気安さで色々なことを話した。
連絡先を交換し、今度遊びに行く約束なんかも取り付けながら、やっぱり地元っていいなあ、なんてことを考えていた時に。

彼を、見つけた。

周囲から頭ひとつ分抜き出た長身は、紋付の羽織袴を纏っていて、いやがおうにも人の目を引く。威風堂々、という言葉のイメージそのものの立ち姿は、到底同年代とは思えないくらい大人びて見える。
もちろん今日は他にも袴姿の新成人がたくさんいるのだけれど、たいてい着物に着られている状態になってしまっているのが普通なのに、彼はそれをすんなり着こなしているように見えた。
背筋をピンと伸ばした似合い過ぎる和装姿に惚れ惚れして、思わずみとれかける。
初めて会った時から、とにかくむかつくくらいかっこいいとは思っていたけど、輪をかけてかっこよくなってるような気がする。しかもきっと気のせいじゃない。懐かしく感じるより前にどんどん動悸が早くなっていくのを抑えられずに、僕はこくりと喉を鳴らした。
なんで、こんな……。
これじゃ、離れた意味がまったくないどころか、逆効果だ。友人達に気付かれないよう、詰めていた息をそっと吐く。少し顔が熱くなってるような気がして、溜息が漏れた。

やたらと目立つ彼に気が付いたのは、僕だけじゃなかった。

「お、会長だ」
いまだに彼は会長なのか、と心の中だけで突っ込みを入れる。
そういえば会長を辞した後も大多数の生徒から会長と呼ばれていて、よく僕んちで「もう会長じゃねえよ」ってぼやいてたっけ。そんな些細なことを思い出しては、すぐに感慨に浸ってしまいそうな自分を戒める。
「やっぱ目立つなーあいつ」
「そういえば、お前、会長と仲良くなかったっけ? 挨拶しないでいいのか」
「……なんか忙しそうだし、後にする。もうすぐ式典はじまるだろ」
彼へ話しかける人間はそれなりに多く、その一人一人に対して、彼にしては愛想よく応じているのが先ほどから目に入っていた。まあ、どちらかといえば愛想がいいというよりは、尊大にとか不遜に相手をしているといったほうがより当てはまるわけだけれど。
「あれ……?」
何の気なしに観察しているうちに、微かな違和感によって、僕は首をかしげた。
彼が、何かを……というか、誰かを、探しているように見えたからだ。
忙しく立ち回る中、たまに視線が話してる相手ではなく周囲に向けられる。さりげない仕草だからそんなに目立つほどのものではないけれど、結構な頻度でそれは繰り返されていた。
その仕草がほんの少し気になりながらも、そろそろ時刻が迫りつつあり、早く席につくようにというスタッフの誘導に従って場内に入った。

あとで、話しかけてみよう。

決意を胸に抱き、とりあえず席についた。
問題を先送りにしただけだっていうのは、自分が一番よくわかってるけどさ。


                  3


長ったらしいこれでもかというくらい眠気を誘ってくる訓示を告げる声が、ようやく終わりを告げた。ほっとしたような空気がざわざわと流れる。
いや、寝ないけどさ。さすがに。こんなときに。こんな場所で。
ああ……でも眠いなあ……。
うっかり目を閉じたら最後、すぐに眠ってしまいそうだった。空調が丁度いい感じであったかいのが悪いよなあ。
ちらほら帰りはじめた人の波に乗って立ち上がり、眠気を振り払おうと軽く背伸びして、壇上から周りへ視線をうつす。結構見知った顔も多いなあ、なんてぼんやり考えていたら、肩をとんとん叩かれた。
「なあ、お前この後時間は? 久しぶりだし話そうぜ」
 居酒屋予約してあるから、と続ける旧友に、
「あ、うん。人数平気ならお邪魔しようかな」
 そう答えたら顔をほころばせてにっこり笑った。変わらない笑顔に釣られてこちらも笑う。
「一人くらいどうにでもなるんじゃね? じゃあいこうぜ」
 そのまま肩を抱えられて、ぐいぐい引っ張られて、あわてて押しとどめた。
「ちょっとまってくれっ。挨拶だけしてくるから」
「おう、じゃああの辺にいるから終わったら声かけてくれ」
そう言うと、彼は他の面子がそろったほうへ向かっていった。テンション高いなあ。
うん、まあそれはいいとして。

目当ての人は、すぐに見つかった。

先ほどと同じくたくさんの人間に囲まれる中、頭ひとつ抜け出た長身。
できるだけさりげなくあの輪に加わって、さらっと挨拶して、終わらせよう。
久しぶり。元気そうだね。そのうち飲みにいこうよ。じゃ、また。
こんなとこかな。……ああ、でもこれで本当に飲みにいくとかそういう話になったら目も当てられない。すっぱり断ち切らないと結局いつかは迷惑かけちゃいそうだからなあ。
 そんな感じでうだうだと考えていたら。

何かを探すように視線をめぐらせた彼と、目が合った。

うわっ。
心の準備ができていなくて、思わず顔をそむけた。そんなことをしなくてもよくよく考えてみたら、目があったと感じたのはきっと僕のほうだけなんだろうけど……結構距離があったし、そんな風に思えただけのことかもしれない。自意識過剰な自分がちょっと嫌だ。
心臓の音が一気に早まったまま、なかなか静まらない。
たったあれだけでこんな状態になるのに、ちゃんと話しかけたりできるのかなあ。ああもう、どうすればいいんだ。
……人、待たせてるし、とりあえずもうあっちに行こうかな。なんか、まだ吹っ切るのとか無理っぽいし、そのうち別の機会も訪れるだろうし。
それがいいような気がしてきた、そうしよう、うん。今日のところはひとまず飲んで忘れることにして、また同窓会があったときにでも。
その頃にはもう少し気持ちの整理もついてるだろうから。
ああ、それにしても、なんでいまだにこんな好きなんだろう。おっかしいなあ。
ふぅっと大きな溜息をついて、一人ごちた瞬間、ぐいっと肩を掴まれた。
「いたっ」
「ああ、すまない。力が入ってしまったようだ」
低いけれど、はっきりした発音の聴き取りやすい、懐かしい声に、思わず固まる。
え、なんで。まさか?
肩から手が離れたのと同時に、恐る恐る振り返る、と。

 はたして、彼はそこにいた。

 整っているせいで冷たく見える面差しは変わってないけど、遠目で見たとき感じたように、更に大人びて見える。普段かけてた伊達眼鏡は今日は外していて、人前ではあまり見たことのない素顔がさらされていた。だけど、雰囲気的には、僕のよく知ってる彼じゃなくて『生徒会長』モードな気がする。人前だからだろうか?
 すごく慌てたけれど、できる限りそれを表に出さず普通に見えるように笑いかけた。 
「久しぶりだね」
僕はちゃんとうまく笑えてるんだろうか。
だめだ。さっぱりわからない。もしかしたら引きつった変な笑い方になってるかもしれない。
そもそもなんでわざわざ僕のところまで彼が来るのかがわからない。僕は想定外の事態に弱いんだよ、勘弁してくれ。
……やっぱり無理だ。相対してわかった。少なくとも今は無理だ。
ああ、なんで僕はこんなところまできてしまったんだ。どうしてもう平気だなんて勘違いしちゃったんだよ。
「元気そうで何よりだよ。人を待たせてるから、また」
ともすれば震えそうな声をなんとか取り繕って、踵を返そうとした僕の腕を彼が掴んだのはほぼ同時だった。
「待ちたまえ」
人に命令することに慣れきった声に、思わず足が止まる。だからその声は反則だってば。
「この後の予定は?」
「友達と飲みに。待たせてるからもう行かないと」
 とにかくこの場を早く離れたくて、自然と早口になる。触れられた部分からじんわりと熱が伝わってきて、なんか、やばい。
「……そうか、引き止めて悪かったな。私からも君の友人に謝罪しよう」
「ええっ、いいよそんなの!」
 断ったものの、僕の言葉に彼が耳を貸すわけもなく、半ば引きずられるような形で彼と連れ立って皆の待つロビーへと赴いた。その間ずっと腕を掴まれたままで、小さな子供じゃないんだからと苦々しく思いながらも、久しぶりに感じる体温が泣きたいくらい暖かく感じた。
 ……ああ、こんなの絶対だめだ。気付かれないようにしなきゃ。
「ごめん、遅くなって」
だらだらと集まっていた彼らに声をかけると、さっそくと言わんばかりに彼が口を開いた。
「すまない。私が引き止めてしまったせいなんだ、彼に責はない。それと」
 それと?
「申し訳ないが彼は借りていく」
「ええっ?」
 なにをいってるんだ、いったい!?
 目を丸くして彼を見上げると、冷たい双眸に睨まれて背筋がぞくりと粟立った。
「あ、いいっすよー」
「どうぞどうぞそんなんでよかったら」
 そんな感じで返事を返しながらけらけら笑う旧友達の手には、気が付けば缶ビールだのカクテルだのがおさまっていた。もう飲んでるのかよ! 役に立たないなあああ!
「では、また」
簡潔な挨拶を残して、彼はその場を去った。
もちろん腕は掴まれた僕も一緒にその場を去ることになる。
「ちょっと待ってくれよ! どこに行くんだよ」
「うるせえ」
吐き捨てるような声に、びくっと肩が竦んだ。それがダイレクトに伝わったのか、彼が足を止める。
「……わりぃ」
 こちらに向き直った彼は、なんていうか……らしくない表情を浮かべていた。いつもなら射抜くようにまっすぐ人の目を見据えてくる視線が、今はそらされている。
怒ってる? なんか違うな。……強いていうと、迷ってるというのが近いように見えた。
「話がしたい。悪いが付き合ってもらえないか」
歯切れの悪い話し方とその内容は、更に僕を驚かせるに充分なものだった。
 僕が知っている彼はいつだって自信たっぷりに言葉を操るし、話している相手に二つ以上の選択肢を与えるようなことはせずに自分が望んだ通りに物事を運ぶ人だったのに。
 彼の変化を垣間見て、じくじくと胸の奥に鈍い痛みが宿る。
傍にいないことを選んだのは自分なのに、僕の知らない君がいるってことが気に食わないなんて、勝手すぎるよなあ。わかってるのにこういう感情を止められない自分が、本当に嫌だ。
「……うん。わかった。いいよ」
僕の返事にあからさまにほっとした顔をする様子に、じりじり痛みが増した。


                  4


大通りに出てタクシーを拾う。
 短く行き先を告げた後、彼はずっと窓の外を注視していた。たまに「次の角を右に」とか、簡単な指示を飛ばしている。
 はじめのうちはちらちらと彼のほうに視線をさまよわせていたが、どうやら目的地に着くまでは何も話さないつもりのようだ。彼に倣ったわけではないけれど、僕もぼんやりと反対側の窓から見える風景を眺めた。
 その間ずっと、逃がすまいとでもいうように手首は掴まれたままで、意識しないようにと思えば思うほど、その熱が気になってどうしようもなくて、声をかけた。
「あの、さ」
「ん?」
 離してくれないか? と言えばきっと離してくれるだろう。そう思って声をかけたのに、
「えっと、なんでもない」
「相変わらずよくわからねえ奴だな」
 くくっと喉の奥を鳴らすように彼は笑った。
あいかわらずという部分が少し気にはなったが、自分でもよくわからないんだからそう言われても仕方ないかな、と思う。

 この期に及んで、少しでも触れてたい、とか、本当にいったいどうしちゃったんだよ。

 そんなこんなで集中できないままだったけれど、やがて僕は、このタクシーが向かっているのは自分のよく知っている場所だということに気が付いた。
「あれ……?」
 見覚えのある坂道、駅から歩いて数分の、通いなれた道に差し掛かる。
「降りるぞ」
 そう声をかけられて、促され降り立った場所は、僕が住んでいたマンションの目の前だった。
 戸惑う僕に頓着せず、彼は僕の手を引いてまっすぐマンションのエレベーターへと向かう。
 ボタンを押すとすぐに扉が開き、乗り込んだ彼は階数表示のボタンを押した。向かう先は、以前僕が暮らしていた部屋の2階上のようだ。
 わけがわからず目を白黒させる僕をちらりと見たが、どうやら説明するつもりはないらしい。
 気のせいかもしれないけど、僅かに手首を握る力が強くなった気がした。
 到着を知らせる電子音が鳴って扉が開く。無言のまま廊下を、彼について歩いた。彼は角部屋の前で立ち止まり、袂から信玄袋に入っていた鍵を取り出してドアを開けた。
 目線で促され、おそるおそる中へ足を踏み入れる。
「えっと……お邪魔します」
 改めて部屋を見回すと、僕の部屋とは間取りがまったく違っていた。ワンルームだけじゃなかったんだな、と変なところに感心する。たぶん2LDKくらいの間取りだ。
 かちゃり、とドアの鍵を閉めた彼は、そっと手を離した。すぅっと熱が引いていくのを、少しさびしく感じた。
「そのへん座れよ」
「あ、うん」
 とりあえず言われるがまま、リビングのソファに腰を下ろす。
「何か飲むか」
「いや、お構いなく」
 基本的に彼が僕の家に来るのがデフォルトだったから、どうもこういう会話が慣れなくて、なんとなくむずがゆい。
「話が終わったらすぐ帰るし」
「……そうか。先に着替える」
 ばさっと音を立てて床に投げ出される羽織の杜撰な扱い方を見て、相変わらずだなと苦笑する。次いでしゅるしゅると衣擦れの音を立てながら袴がストンと落ちた。角帯をといて、襦袢一枚になってようやくほっと一息ついたような顔になる。兵児帯に手がかかったが、面倒になったんだろう、そのまま踵を返して近付いてくる。てっきり隣に腰を下ろすんだろうと思ってたら、予想外の行動に出てきた。
「ちょっ、えええっ?」
 覆いかぶさるようにぎゅっと抱き竦められて、思わず悲鳴みたいな声が出た。
「何するんだよっ」
「何もしてねえよ」
 肩口からくぐもった声が返ってくる。何もしてないって、してるだろうどう考えても!
 囁いてくる低音に、ぞくぞくと体が震えた。
 慌てて振りほどこうとしたけれど、不安定な体勢のくせに力が強くて振り払えない。心臓がバクバク言ってる。顔が一気に熱くなって、彼から顔が見えないことに心の底から安堵した。
「はなしがっ、あるんだろ? からかってないで早くしてくれっ」
 声が上擦ってしまったのを変に思われなかっただろうか。さっき腕を掴まれた時よりもずっと近くに彼の体温を感じて、その温かみになんだか泣きそうになってしまう。
 ちくしょう、知ってたけどさ、こういう奴だって。人からかうのもいい加減にしてくれ。
「久しぶりだな」
「……うん?」
 どうやら彼に僕を解放する気はまったくないらしい。僕を抱えたままの体勢で、彼はしゃべりはじめた。
「悪いな、時間取らせて」
「別に、それはいいんだけど」
 飲みに行っても、どうせ君のことが気になって楽しめなかっただろうしね、と自虐的な考えに浸りかけたところを、彼の声に引き戻された。
「謝りたかった」
 ……はい?
 予想外の言葉に、一瞬思考が固まる。
「お前、俺のこと嫌いだったんだろ」
 嫌い? 誰を? 誰が?
「引っ越してきておまえんち行ったらもぬけの殻だし、」
 あー、卒業式の日にそのまま引き払ったし。
「お前のツレに聞いても行き先いわねえし、」
みんな知らなかったからね。
「人使って調べたら住所不明とか言われるし、」
しばらく住所決まんなかったから。
「そこまでさせるほど俺から逃げたかったとは思わなかったんでな」
 苦虫を噛み潰したような声には、余裕がまったく見られない。
「悪かった」
 根本的なところで話が噛み合ってない気がする。
 不意に、抱きしめられていた力が緩んだ。
「それだけだ」
 絞り出すように言葉を紡いだ後、彼は憔悴しきったような顔をして、フローリングの床にどさりと音を立てて座り込んだ。
 今日は、らしくないところばかり見せられている気がする。
「ええと……」
「ああ、もう帰ってもいいぞ。外でするような話じゃなかったからここまで連れてきちまったが、別にどうこうしようとは思ってねえよ」
そう彼は言った。どうやら彼の話は終わったようだが、どうせだから僕も話しておこうと思う。だいたいさっきの解釈はいただけない。
「なんか、誤解があるみたいだからそれだけ解いておこうかな、と」
 いくらなんでも語弊がありすぎる。
「あのさ、僕は君が好きだって言ったの覚えてないのかな」
 確かにきちんと言ったわけじゃなくて、冗談混じりだったり、何かの拍子に言ったくらいだけれど、それでもそれなりにちゃんと伝えてたはずだ。それを否定されるみたいな言い方はしてほしくない。
「覚えてるが?」
「なんで嫌いだったとかそういう話になるのかわからない」
「……他に理由でもあったって言うのか?」
 他の、理由。
「迷惑、かけたくなかっただけだよ」
「どういう意味だ?」
畳み掛けて来る彼の言葉に、少し気持ちが怯む。
言わなきゃ駄目かな。絶対引かれるのがわかってるからわざわざ説明したくないんだけど、流れ的に、話さないと駄目っぽいよな……。
「き、君が誰かと一緒にいるの見るのも嫌だったんだよ」
 うわあ。改めて口にすると、すごい自分勝手だ。今すぐ穴を掘って埋まってしまいたい気分になってくる。
 案の定、彼は呆気に取られた顔をしている。そりゃそうだよ、ドン引きだよこんなの。
「君、縛られたりするの嫌いだろ。やっちゃいそうだったんだよっ」
 自分がここまで狭量で嫉妬深い性質だなんて、正直言って思ってもみなかった。けれど、実際あのまま過ごしてたら絶対に自分だけを見てほしくなったと思う。既に、好きになってもらいたいとは望んでいた。
「ご、ごめん、引くよね。あ、でも、つきまとうとかそういうつもりは全然ないからっ、心配だったら連絡先置いてくし!」
「あ、いや……ああ、とりあえず連絡先は置いてけ。で、ちょっとこっち来い」
 俯いて深い溜息をついた彼が、指先だけで招いてくる。その反応を訝しく思いながらも、僕も床に膝をついた。
 するとすぐに腕を取られて、思い切り引き寄せられた。
「うわっ」
体勢を崩して乗り上げるような形になった僕を、彼が受け止める。
 慌ててどこうとしたところをやんわり押しとどめられた。
「……俺が、悪いか」
 ぽつりと呟いた言葉は、僕に言っているというよりも自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
 そうじゃない、勝手に好きになったのは僕だから、別に君は悪くないし、気に病むようなことはない。そう言いたかったけど、何か言葉を口にするのが憚られる雰囲気だった。
「キーキーわめいて束縛してくる奴とか、確かにうぜえけどよ」
 ああ、うん、それは知ってる。
 微かに頷くと、くしゃり、と髪の毛を乱暴にかき混ぜられた。くすぐったい。

「惚れた相手とどうでもいい奴じゃ違う」

 一瞬、何を言われているのかがよくわからなくなった。
 言葉の意味を、回らない頭で咀嚼を試みるけれど、いまいち都合がよすぎるようにしか解釈できない。
 おそるおそる視線を合わせると、呆れたような、諦めたような表情をした彼が口の片端だけあげるやりかたでにやりと笑っていた。
「お前が独占欲強いとは思わなかったぜ、意外だな」
「う……」
 言われるまでもなく、自分でも意外だからねっ。何かに執着したことなんてほとんどなかったし、諦めいいのだけが取り柄なのに。
 手首を掴まれて、口元に寄せられた。がりっと歯を立てられる。
「いたっ」
 ネクタイを引っつかんで引き寄せ、首筋にも歯を立ててくる。
「痛いってば」
 抗議したら、くくっと忍び笑いを洩らして跡のついてるだろう箇所に舌を這わせて来た。
 微かな痛みと、それを上回る気持ちよさに、うっかり出そうになる声を抑えるので精一杯だった。
「なに、するんだよ、いきなり」
「嫌ならやめるが?」
 その物言いに懐かしさを感じつつ、拒めるわけがない自分を再確認した。もう、どうにでもなれって気分だ。
「あのな」
「……うん?」
「別にお前だったら、縛ってくれてもいいぜ」

その言葉に虚をつかれた隙に、唇が、合わさった。

「んんっ」
 息を継ぐことすらできないくらい深いキスに、視界がグラグラと揺れる。
 必死で押しのけると、思ったよりはあっさり開放された。
 ぜえぜえ肩で息をつく僕とは対照的に、彼はかつていつも見せていた余裕ありげな表情で笑みを浮かべている。
 なんていうか敵わないな、と嘆息した。
「あのさ、仮に冗談でもそういうこと言うの、よしたほうがいいよ。本気にしたらどうするんだい」
「勝手に冗談にすんじゃねえよ」
 憮然とする彼の言葉に、なんだか頭を抱えたくなる。そういうキャラだったっけ?
「君こそ、別に僕のことなんてどうでもよかったはずだろう」
「どうでもよかったらわざわざ手間暇かけて探さねえ」
 ああもう、一度しか言わねえぞ。
 そう嘯いて、次いで耳元で囁かれた言葉に、僕は撃沈したのだった。




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