A5 P44 500円 20090118発行
涼宮ハルヒ×コンピ研部長氏
男女反転パラレル注意
表紙:荏永おうみ様
書店委託:とらのあな K-BOOKS
もう嫌だ、最悪だ、ありえない。今日こそ別れる!
鍵だって返してもらうし、家に上げたりなんかしない。
キスだってしないし、その先なんて絶対させるもんか!
そう、決めてたのに。
「……っ」
腕を掴まれただけで、動けなくなった。額に掠めるような口付けをおとされて、考えていた拒絶の言葉がすっぽ抜けた。緩く抱き締められただけで、嬉しすぎて泣いてしまいそうだ。
わたしの他に誰もいないのが当たり前の空間で、人の温もりに触れてしまったのがいけないんだと思う。だって、知ってしまったらその温もりをどうしたって求めてしまう。離れられなく、なる。
じわりと、視界が霞んだ。
彼の顔が大写しになって、ぐらりと揺れる視界を塞ぐ。
思わずきゅっと目を閉じると、柔らかな唇がわたしのそれに触れた。
「……ん」
するりと滑り込んだ舌が、実に器用に動き回ってわたしの舌先を絡めとる。くちゅ、と濡れた音が直接頭の中に響いた。ぞくぞくと、身の内を何かが這い回るような不思議な感覚には覚えがある。
これは、快感だ。
そっと背中を撫で下ろした指先の動きにさえ、僅かに反応を示してしまう自分が苦しくて悲しい。
わたしのことなんかどうでもいいくせに、好きだって言うし、こんなことするし、わざと勘違いさせようとしてくるんだ。わたしがもしも縋ったとしたらどうせ迷惑そうにするんだろう。そんなのひどすぎるよ。試したわけじゃないけど、それくらいわかる。
わたしは彼にとって、大切な存在じゃない。
好きだって言ってくれるのは本当のことかもしれないけど、だからといってわたしのことだけ見てくれることはありえないとはっきり言われてるから期待なんて持てるわけがない。
──彼にとって、わたしは二の次。いや、二の次どころじゃないな。彼がわたしなんかよりずっと大切に想う相手は、最低でも四人はいるんだから。
大事な人とは恋愛なんてくだらないものしようとは思わないって言われた。そういう意味で付き合っていること自体が、彼にとってわたしはどうでもいいっていう証明みたいなものだ。
きつく閉じた目の奥が、どんどん熱くなっていく。
泣きたくなんかないのに、こんな時に泣くのは卑怯だってわかってるのに、堪えられる気がまるでしなかった。
上顎をくすぐるような舌先の動きに、ふるりと身体が震える。覚え立ての快感に弱すぎる自分自身を、少しだけ恨めしく思った。
ちゅっと軽い音を立てて唇が離れる。
「かわいい」
甘いとしか形容できない響きの声が耳朶を打ち、どうしようもなくそれが嬉しくて、嬉しいと感じてしまうことが情けなくて、なんだかどうしていいかわからない。
彼の手を振り払うことなんてできるわけがない。
「ねえ、俺のこと好き?」
悪魔は悪魔だからこそ、人間の目には魅力的に映るのだと言う。それを唱えたのが誰なのかも知らないけれど、心から同意するよ。
もう嫌だ、最悪だ、ありえない。今日こそ別れる!
そう決めてるんだ。それなのに……。
「──好きだよ」
はらりと頬を涙が伝う。
そう答えることしか出来ない自分の弱さが、どうしようもなく悲しかった。
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