ほなみさんに捧ぐ会喜
ほとんど音を立てない雨が、窓の外を覆っている。
雨は嫌いだ。
移動も何もかも面倒だし、なんとなく体がだるくなる気がする。本当なら机に突っ伏してしまいたいくらいかったるいが、まだ生徒会業務中だからそういうわけにはいかない。溜息をつこうにも、そんな『キャラクター』は許されていない。そういったことばかり考えていれば、自然と気分が落ち込んでくるというものだ。
めんどくせえ。
なんで俺はあんなあやしげな誘いを二つ返事で引き受けてしまったのか……まあ面白そうな予感がしたからなんだが、蓋を開けてみれば日々雑用をこなすだけの毎日だ。やりがいがまったくないとまではいかないが、それに近いものはある。過去の自分に会えるなら、考え直せと言ってやりたい。
──あー、煙草吸いてえ。
雨の気だるさに加えて、ニコチンが切れてイライラしはじめた思考のせいで作業効率ががくんと落ちている気がする。その事実に更にイラついた時のことだ。
目の前の未処理の書類に、白く細い手が伸ばされた。
「お手伝いします」
静かな声音が、ふっと部屋の空気を和らげていく。顔を上げると、喜緑江美里が珍しくきちんと視線を合わせて微笑んだ。普段話す時には視線が合うことがないため、その意外性に少しだけ鼓動が跳ねる。
「会長は根を詰めすぎです。コーヒーを淹れたのも気がついてくれませんでしたね」
「ああ……すまない」
「いえ、謝ってほしいわけではないのです。ただ、ひとりで抱え込まずに、役員にもちゃんと割り振るようにしてください」
くすくす笑う彼女を見て、ばつの悪い気分を抱えながらも、「いただこう」と言って、いつの間にか手元に置かれていたコーヒーに口をつけた。すっかり冷め切ったそれは、苦味が増して普通なら到底飲めるようなシロモノじゃなかったが、なぜか不思議と美味いと感じた。
「頑張らなくてはならないのはわかりますけれど、頑張り過ぎないでくださいね」
柔らかく諭す、まるで母親か姉のような言葉に苦笑した。
「善処しよう」
「よろしくおねがいいたします」
耳に馴染みやすい声には、自然と耳が傾く。
「わたしたちは、そのためにいるんですよ」
──ふん。まあ、悪くはないさ。面倒だがな。
そんな風にひとりごちて、俺は残りのコーヒーをゆっくりと味わった。
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