AQUA

会部ですよー
部長が乙女です


『答辞、卒業生代表……』
　不意に耳に飛び込んできた名前に、ぴくりと反応する。
　すっかり意識を向けていなかった壇上へ視線を移すと、威風堂々という言葉がぴったり当てはまる人物が、今まさにスピーチをはじめようとしているところだった。
　気が付けば、少しだらだらとしはじめていた会場内の空気が、彼が口を開くと同時にぴしりと引き締まる。
　そういえば、答辞やるって言ってたっけ。
　つい昨日もその話をしたというのに、すっかりすっぽ抜けて油断しきったところだったので、いきなりのことに心臓がばくばくいってる。
　何故かどきどきして焦ってしまった僕とは裏腹に、沈着冷静を絵に描いたような面持ちで、彼は手元の原稿を読みあげていく。その後ろで、スライド形式の写真がスクリーンに映し出され、いくつも切り替わって行った。体育館の各所で、少しずつ啜り泣きや嗚咽の声が上がる。
こういう時にいつも不思議に思うのだけれど、彼は人前で話すことに随分慣れてる。
低いけれど聞き取りやすい声、抑揚の付け方、間の取り方、どれ一つ取っても、聞かせることをはっきり意識してるのがわかる。話してる内容自体、わかりやすくて受け入れやすい言葉を選んでるというのがあるんだろうけど、彼自身も求心力が高いから、こうやって皆が真剣に話を聞くんだと思う。
ずるいよなあ。
最初は、ただの嫌みったらしい奴だと思ってて、すごく苦手だった。
それが、学校で煙草を吸っちゃうようなとんでもない不良だってわかって、なんて奴だと呆れた。
人の弱みにつけこむのが涼宮さん並に得意だし、見た目から想像できないほど性格悪いし、絶対仲良くなれないタイプだと踏んでたのに。
なんでこんなに好きになっちゃったんだろう。
正直言って、好きなところはどこかって聞かれたらうまく答えられる自信がない。むしろ好きなところなんてあるのか？　という気分になってくるくらいで。
嫌いなところだったら、山ほど出てくるんだよ。
二重人格かと思うくらい裏表激しいし、人の話は真面目に聞かないし、自分勝手でわがままで横着で、そのくせ大事なことには無頓着だったり、融通はきかないし、すぐなんでもないことで不機嫌になるし、基本的に命令口調で反論を許さないところとか、誰を相手にしても自分に合わせるのが当然だと思ってたり、……頭の中でひたすら文句を並べ立てて、それだけ嫌いなところを並べられるくらいずっと彼を見てきた自分に気付いてはっとした。
……ほんと、どうかしてる。
自分で自分に大ダメージを与えてしまい、へこんでる僕なんかに構うことはなく、卒業式はつつがなく進んでいく。
答辞を終えた彼が、壇上で一礼した。
舞台の下手から段差を降りてくる彼と、ふと視線が絡んだような気がした。そんな気がしただけで、実際には僕のことなんて見てなかったんだろうけど。
　駄目だ。
目が合ったと思った瞬間、どうしようもないくらい嬉しかった。
　急激に目頭が熱くなって、視界がぼやけた。ぎゅっと目を閉じると、こらえきれなかった涙が頬を伝う。
　泣いたりなんて絶対にしたくなかったのに、なんで僕はこんなに女々しいんだよっ。
「ちくしょう……」
　呟きと一緒に滴った涙が、ズボンに落ちて染みを作った。