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せかいでいちばんおいしいすーぷ

元ネタは、ふぉろわさんの呟きです
(使用許可はいただいております)

幼少時代に小松とトリコがすでに出会ってたとか
そんなこと言われたら反応せざるを得ない、よ!




「なんでだろうな」
 トリコさんがためつすがめつ、美しい螺鈿細工を施したスプーンですくった透明のスープを眺めている。あんまり真剣に眺めているものだから、もしかして何か手順を間違えてしまったのかとヒヤリとした。けれど、美しいオーロラを立ち上らせるそのスープを見れば、食材にも工程にも一筋たりと過ちがないことはすぐに知れる。
「どうかしましたか?」
「んー」
 月に一回。
 平均するとだいたいそれくらいの頻度で、トリコさんはセンチュリースープを飲みにホテルグルメへやってくる。
 ふらりと立ち寄るときは傲岸に何十人前もの食事の用意をさせるくせに、その時だけはきちんと予約を取り無茶なことも言わない。
 スープを、一杯。
 トリコさんにとっては、まさしく言葉の通り腹の足しにもならないだろうそれを、じっくりと味わうのだ。
 ハントへ付き合うようになってから、トリコさんの食欲についてはそれなりに知っているつもりでいる。それが、トリコさんの命を繋ぐ行為だということも理解していた。
 だからこそ、不思議だ。
 センチュリースープは、言葉に出来ないくらい濃厚で凝縮された旨みを持っている。普通ならスープを楽しむだけでフルコースを味わったような満足感に浸れるはずだ。
 だけど、トリコさんには、きっと物足りない。
 小ぶりなスープ皿の中身で、このひとが満たされることは有り得ないのに、これ以上ないほど幸せそうに、たった一杯のスープを飲み干すトリコさんがとても不思議でならなかった。
 スープを堪能したトリコさんが、両手の平を合わせる。
「ごちそうさまでした」
 満足げな響きを伴う声に、自然と口角が上がった。
 ボクが作った食事を喜んでもらえることが、何よりも嬉しい。それがトリコさんであるなら、尚更。
 ウェイターが皿を下げて、ボクもそろそろ厨房へ戻ろうと踵を返そうとしたところへ、静かな声音が嘯く。
「なんで、懐かしいんだろうな」
「懐かしい……?」
「あの時、はじめて食ったはずなのに」
 なんか懐かしくってなあ、と。
 ボクに答えると言うよりも、自分に問いかけるような響きを伴う言葉を紡ぐトリコさんは、どうしてかわからないけれどまるで小さな子供みたいに見えた。


 それは、誰もが忘れ去るほどの遠い記憶。


 ──ここまでか。
 フラフラになった身体で道端に崩れるように倒れ込む。
 日陰を選べたのは奇跡に近い。けれど、時間が経てばこの場所も灼けつく日差しに見舞われることだろう。
 もう丸三日、ほとんど何も口にしていない。
 食えないのはいつものことだからどうでもいいが、水も飲めないのは流石に参った。連日の猛暑で、すっかり井戸は干上がってしまっている。貴重な水をわざわざ他人に分け与えようなんて物好きはどこにもいるわけがない。
 路地裏に蹲ったまま、腹の中から食い荒らされるような飢餓感に苛まされている。時折微かな人の気配を近くに感じるけれど、何の役にも立たない痩せこけたガキを気にする奴なんざいない。さっさとくたばれと言わんばかりに、立ち止まることすらない足音はすぐ遠ざかっていく。
 いったいどれだけの時間が経ったのか。
 数分しか流れていないような、何時間も過ぎ去っているような、頭がぼうっとして時間の感覚がよくわからない。
 時間だけでなく、段々身体の感覚もなくなっていく。
 身体に纏わりつき水分を奪う暑さも、身の裡をガリガリと鑿で抉り取るような痛みも、薄い膜で覆われるように少しずつ感覚が削げていった。
 これで、終わりだ。
 よく持ったほうだと思う。
 親も、誰も、世界の全てが望まなかった。
 木の根を齧ってでも、雨水を啜ってでも、絶対に生き延びてやろうとしたけれど、何も残されていないんじゃどうしようもない。
 この手は何も掴めない。
 空気が揺らぐような暑さの中、全てを諦めて目を閉じた、瞬間。
「なに、してるの?」
 甲高い、幼い声。
「どうしたの、だいじょうぶ?」
 最初、自分に声をかけているのだとは思っていなかった。
 しつこく話しかけてくるそいつの声が耳障りだ。
「ねぇねぇ、キミってこの辺の子?」
「うるさい」
 低く唸るように告げ、睨みつける。
 オレと同じくらいに見えるその子供は、可哀想なくらいびくっとなって肩を揺らした。
「あ……」
 睨みつけながら、頭の天辺から爪先までねめつける。
 細いけれど、オレみたいにガリガリってわけじゃない、
 零れ落ちそうな大きい目が印象的だった。
 どこからどうみても真っ当な生活を送っている『普通』の子供だ。羨ましいと妬む気持ちすら起きない『普通』が、そこにはある。
 睨みつける視線に怯んだ様子を見せながらも、そいつは他の奴らみたいに何処かへ行ってしまおうとしない。
 それどころか、臆することなく近付いてきた。
 今度は来るなと怒鳴りつけてやろうとした途端、盛大に腹の虫が鳴った。
「……お腹、空いてるの?」

「具合が悪いのかな? どうしよう」
 近付いてくる姿に、伸びてくる小さな掌に、僅かな怯えが走る。他人に触れられた記憶なんてほとんどないに等しいせいだ。何故かいたたまれなくなり、逃げ出してしまいたかったけれど、最早オレの身体は自分の思い通りに動くことがない。
 ふわり、と。
 白くて小さな柔らかい手の平が、オレの額に触れた。
「あっつい。熱があるんだね」
 こんなところにいちゃダメだよ。
 そう言って、そいつはオレの手を引いた。
 さっきまで全く身体が動かなかったのに、何故か当たり前のように、大して強引なわけでもないその手に促される形で立ちあがった。身食いに近い痛みも飢えも乾きも、どうしてかわからないが小康状態を保っている。
「ボクん家、すぐそこだからおいでよ」
 にこっと笑うその顔は、可愛いだとか綺麗だとかそういう言葉とは無縁だったが、見ていると何だか安心する。
 そんな自分を不思議に思いながら連れていかれた先は、どこもかしこも綺麗で、清潔で、それでいてどこかあったかい感じのする家だ。こんなところに入っていいのかと気後れし、立ち往生したオレを見て、そいつは事もなげに手を引く。
「そこに座って待ってて」
 指定されたダイニングテーブルに設えた椅子へおそるおそる腰を下ろすと、そいつはまるで独楽鼠のようにせわしく動き回る。家の手伝いに慣れているのか、動きに迷いはない。
 二人分の麦茶を用意してテーブルに置くと「何か作るね」と言い置いて台所へと消えていった。
 あまりにも警戒心がなくてぽかんとしてしまう。
 見知らぬ人間だという意識がないのだろうか。もし自分が物盗りだったらいったいどうするのか。別に、人の持ち物を奪ってどうこうということを考えているわけじゃないが、そうやって疑われることには慣れ切っていた。
 まるで、信頼を寄せられているような状況が居心地悪い。
 しばらくの間を置いて、そいつは部屋に戻ってきた。
 ふわりと、かぐわしい匂いが漂う。
「はい、どうぞ」
 目の前に出されたのは、不格好な野菜がゴロゴロ入ったスープだった。
 オレの目の前に置かれた皿から、目が離せない。
「食っていいのか?」
「うん、食べて!」
 ゴクリ、と喉が鳴る。
 乾き切って汗も出なかったのに、ねばついた唾液が口から溢れそうだ。
 一口、口にした瞬間、もう止まらなかった。
「あははっ、すごい勢いだね。美味しい?」
 喰えるか、喰えないか。
 オレの世界にはそれしかなかった。
「あー、あんまり美味しくないかも、これ。ごめん」
 美味いか、不味いか。
 そんなことはどうだって良かった。
「スープなら作れるかなって思ったけど、味が薄くて飲めたもんじゃないや。どうすればいいのかなあ……とりあえず何か他の持ってくるね」
「これで、いい」
「えっ?」
「これがいい」
 一口ずつ、慎重にスプーンですくって喉へ流し込む。
 じんわりと胃の中にあたたかく満ちていくそれに、夢中になって貪った。
 美味い。
 味付けは薄く、確かにそいつの言う通り本当だったら飲めたもんじゃないんだろう。運が良ければありつけるホテルの残飯なんかの方が、断然味は良かったに違いない。
 それでも、ものすごく美味しいと感じた。
 だってこれは「自分の為」に用意された食事だ。
 一口残らず飲み干せば、この上ないほどの充足感が身体を満たしていく。
 ほぅっと人心地着けば、いつしか抉るような身裡の痛みは消えていた。
 自然と、手の平が合わさる。
「ごちそうさまでした」


「次会う時には、ちゃんと美味しいもの作るからね!」


 にっこりと笑うその顔を、きっと生涯忘れない。
 ……そう感じたのに、日々に追われ輪郭は徐々にぼやけ、今ではその声すらも思い出せずにいる。
 結局オレはあの後、あいつに会うことはなかった。
 その直後、IGOへ拾われ庭へと連れていかれたせいだ。
 庭を自由に出られるようになってから、何度かあの街へ行ってみたこともあるけれど、ついぞ再会は叶わなかった。
 小松のセンチュリースープを飲むと、オレの命を繋いだあの一時を思い出す。
 きっとこれも、オレの命を繋ぐものだから、なんだろう。
「懐かしい、かぁ……」
 どこか感慨深そうな小松の声が聞こえる。
「ボクも、センチュリースープを作っていると、なんとなく懐かしい気分になることがあるんです」
「へえ?」
「ボクがはじめて作った料理はスープだったんです。料理と言えるほどのものじゃないんですけど」
 その時のことを思い出しているのか、小松は時折くすくす含み笑いを交えながら言葉を続ける。
「一目惚れした子に、大失敗したもの食べさせちゃって、次はちゃんと美味しいもの作るぞーって思ったのが、料理に興味を持った一番最初だったなあ。たくさん勉強してここまで来ましたけど、その子には結局その後会えないままです。センチュリースープを作るときの美味しいものを食べさせてあげたいっていう気持ちが、なんとなくそのときの感覚に近くて」
 もう、顔も思い出せないんですけどね。
 照れたように笑う小松の表情に、ちりっと胸の奥がざわついた。
「小さくて、細くって、守ってあげたかったんです」
 ひたむきな、声。
 真摯に紡がれた言葉に秘められた決意が、垣間見えるようだ。
「でも今考えてみると、それで『料理』を作ろうっていう思考回路になるのってなんかおかしいですね。我ながら、子供って突飛な事考えるなあ」
「いや、いいんじゃねえの?」
 オレは『料理』が人を救えることを、知っている。
 あれから幾度も、食材に、料理に、この命を救われた。
 連綿と続く命の営みは、食べること、で支えられている。
 どこか懐かしいスープの味を反芻しながら、あの町に今度、小松を連れて行ってもいいな、なんてことをぼんやりと考えた。

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